東京高等裁判所 昭和33年(ラ)11号 決定 1959年4月23日
抗告人 岩下しな(仮名) 外三名
主文
原審判中、抗告人山地トクに関する部分を取り消し、東京家庭裁判所に差し戻す。
抗告人山地トクを除くその余の抗告人らの抗告を棄却する。
理由
抗告人らは、東京家庭裁判所が抗告人ら外三名の名をもつて申し立てられた同裁判所昭和二十九年(家)第自四五一〇至四五一六号相続放棄申述申立事件について昭和二十九年十一月十一日にした申述受理の審判につき、抗告人山地トクを除くその余の抗告人らはかかる申述をしたことがなく、また抗告人山地トクのした申述は岩下みねの詐欺による意思表示であると主張して、非訟事件手続法第一九条にもとづき、東京家庭裁判所に対して、右審判中抗告人らに関する部分を無効とし、或いは取り消されたい旨申し立てたが、右申立を却下されたので、本件抗告に及んだものである。
しかし、相続放棄の申述が受理された後に、非訟事件手続法第一九条第一項により受理の審判を取り消し又は変更することは、右審判の法律上の性質にかんがみ、許されないものといわなくてはならない(東京高等裁判所第四民事部昭和二九年五月七日決定、高等裁判所判例集第七巻第三号九七頁以下参照)。そして、このように解しても、右申述の不存在又は無効を主張する者は、後日訴訟によつてそのことを主張することを妨げず、むしろ放棄の有効か無効かは民事訴訟による裁判によつてのみ終局的に解決するのであるから(最高裁判所第三小法廷昭和二九年一二月二四日判決、最高裁判所判例集第八巻第一二号一八四頁以下及び東京高等裁判所第一民事部昭和二七年一一月二五日判決、高等裁判所判例集第五巻第一二号一〇頁以下参照)、その者の権利の保護について何ら憂うべきところがない。ただ、放棄の申述が取り消し得べきものであることを主張するにとどまるものは、民法第九一九条第二項によりこれが取消の意思表示をする必要があり、右取消は、放棄が家庭裁判所に対する申述によつてなされることになつている以上、無形式にこれをなし得るのではなく、当然放棄に準じて家庭裁判所に対する申述によつてなさるべきものと考えるのが相当である(前記東京高等裁判所第四民事部決定、判例集九七頁参照)。したがつて、本件抗告人中、抗告人山地トクに関しては、同抗告人は自己の相続放棄の意思表示は詐欺にもとづきされたと主張するのであるから、民法第九一九条第二項の規定によつて、右放棄の取消をなし得べきであり、記録添附の同抗告人の本件取消申立書によれば、非訟事件手続法第一九条により、無効又は取消の裁判を求めるといいながら、一面右許欺の事実が判明したのは昭和三十一年五月二十八日であるといつて、同年十月八日にした右申立が前記取消権の時効完成以前であることを主張するもののごとくであるから、同抗告人に関する限り、その申立は、前記民法の法条による放棄の取消の申述の趣旨を含むと解するのが相当である。原裁判所としては、よろしく同抗告人が果してその主張の理由でさきにした放棄の意思表示を取り消す真意があるかどうかを審理し、右取消の申述を受理するか否やを決すべきものであつたといわなくてはならない。(家庭裁判所の審判は単に右取消の申述を受理すべきや否やを決するにとどまり、進んでその取消の原因があるかどうかなど、ひいてはさきになされた放棄の効果のいかんについては、終局的には民事訴訟によつて判断さるべきであり、家庭裁判所の審判によつて決せらるべきものではない。)しかるに、原審判は、同抗告人の右取消の申立も単に非訟事件手続法第一九条第一項の裁判を求めるものであるにすぎないとの見解のもとに、他の抗告人らの申立とともに一律にこれを却下したものであつて、同抗告人の申立に関する限り、とうてい取消を免れない。そして、同抗告人の右申立についてはなお原裁判所が審理することを相当と認めるので、原審判中同抗告人に関する部分を取り消し、原裁判所たる東京家庭裁判所に差し戻すべく、その余の抗告人らの抗告については、いずれも相続放棄の申述の不存在又は無効を理由として原審判の取消又は無効とすべきことを求めるものであるが、その理由がないことはさきに説示したところによつて明らかであるので、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 内田護文 裁判官 原増司 裁判官 入山実)